「お二人さんは散歩の途中?」

今さっきまでの動揺を押し隠して、カイルはことさら軽い口調で問いかけた。
ナーラが口を開きかけてはまた閉じた。
何度かそれを繰り返した後、彼女は決まり悪そうに髪をかき上げてにやりと笑った。
そんなナーラの肩を労るようにポンと叩いたゼレントが変わりに答えた。

「あぁ、そこの武器屋にな剣を研ぎに来がてら、な。
 そしたら、奴らを見かけちまったから散歩は取りやめて帰るところだ」

幸いこっちにゃ気付かなかったみたいだが、とエリカには聞こえないように続ける。
あ〜、あんたたちも大変だ〜ね〜、というカイルにゼレントは片頬で笑う。

「で、カイルは大会の合間を縫ってデートか?」

ゼレントの言葉にエリカが慌てて違います、と声を上げた。

「私は雑貨屋さんに買い物に…、カイルさんはそれにつき合ってくれてるんです」

恥ずかしいのか、エリカは一歩下がって繋いだ手をカイルの陰に隠すように立っている。

「ま、仲良くなっ」

ニヤニヤ笑いを残してゼレントはナーラの肩を抱き寄せて宿への道を帰っていった。

「ナーラ…様子が少しおかしかった…どうしたんだろ?」

除々に小さくなる彼らの後ろ姿を見送りながら、エリカが呟いた。
そう言われてみれば、あのおしゃべりなナーラが一言も話さなかったことに今更ながら気付く。

「そういえばそうだね〜、…って、俺たちが仲良しだったから羨ましくって声が出なかった、とか?」

そう言って、おどけた素振りで繋いだ手を視界に入るように上げてみせる。
途端に顔を赤らめながらもエリカはすぐに真顔になって口ごもりながら言った。

「ううん、そうじゃなくて…最近のナーラは…ゼレントも、なんですけど…私に何か隠してるみたいで …毎年楽しみにしてるはずの武術大会も見に行っていないみたいだし…」

悩み事があっても私じゃ頼りにならないからかな…淋しそうに笑うエリカを慰めてやりたくとも、心配をかけたくないというナーラの気持ちもわかるカイルは掛ける言葉を見つけられなかった。







エリカの目当ての店はナーラが教えてくれた雑貨屋と同じ店だった。
聞けば、やはりあちらの店よりも品揃えもよいのだと言う。

たくさんの日用品が陳列してある棚の間を欲しいものを探して移動する。
狭い店内でははぐれることもないので、カイルの手の中は空っぽだ。
それが少し淋しかったが、ああだこうだといいながら商品を選んだり、エリカには届かない棚の上の商品を取ってやりながら、これが日常になったらどんなに幸せだろうと考える。
穏やかな空気に包まれた生活なんて、どんなものだか想像もつかなかったけれど。

会計を終えて、店を出た。

「なんだかカイルさん楽しそうですね」

「うん、俺、小さい頃から戦場育ちでさ、誰かと一緒にこういう買い物するのって初めてなんだよね〜」

新鮮で楽しいもんだね〜、カイルはそういって上機嫌で笑った。
紙袋に入れられた品物は自分から申し出てカイルが持った。
右手で袋を抱きかかえて、左手を差し出せば頬をうっすらと赤らめて戸惑いながらもエリカはその右の手をカイルに預けてくれた。
右手を塞いだことなんて、ここ数年思い返しても思い当たらないくらいに避けていたことだった。
何かあった時にすぐに対応できるよう利き腕は常に空けておく。
傭兵でもあった養い親から教わった生き残るための術すら、今のカイルにはどうでもよかった。
彼女に重い荷物を持たすだなど問題外だったし、例え両手がふさがっても柔らかな温かさをもつエリカの手を握りしめる、その方が大事だった。
仲良く話をしながら家に向かう道を二人で歩く。
買ってきた食物をどうやって料理するかだとか、本当に他愛のない会話。
繋いだ手から伝わる体温がカイルの心臓をせき立てるけれど、それでもカイルはどうしようもなく幸せだった。
暖かくて、胸の奥が少し痛いような気がして…けれど、それが切ないとか愛しいと呼ばれる感情だということをカイルは知らなかった。


***

「エリカちゃんが心配してた」

その夜、断りもなく部屋に押し掛けてきたカイルは開口一番にそう告げた。

「楽しみにしてた武術大会も見に行ってないし、なんだか様子が変だって…自分じゃ頼りにならないのかって…しょげてたよ」

エリカちゃんが落ち込んでいるのはお前らのせいだ、何とかしろ、と言葉ではなく態度でそう告げる。

ナーラとゼレントが武術大会を楽しみにしているのはこの街の親しい人間なら誰でも知っている。
ならば、今年の彼らの行動がエリカの不審をかうのは当然のことと言える。
だが、つまらないいざこざに巻き込まれたことを言って彼女の不安を煽るようなことはしたくなかったナーラはエリカには何も言っていないし言うつもりもない。
エリカはああ見えてもけっこう面倒見がよい上に心配性なのだ。
こちらの事情を話してしまえば、つっこんで欲しくない首を突っ込んでくるのは目に見えていた。
エリカを危ない目に遭わせたくはなかった。
ナーラとゼレントは眉を寄せて考え込んでしまった。

「…とは言ってもねぇ〜…」

「あぁ、エリカに正直に何もかも話すわけにはいかんだろう」

「下手に話したらエリカを巻き込むことになりかねないもの。
 それくらいだったら黙っていた方が絶対にいいわ」

エリカちゃんを危ない目に遭わせたら承知しない、と途端にギャーギャー騒ぎ出すカイルは視界に知れないようにしてナーラはため息まじりにゼレントに言う。

「いっそのこと、こっちから仕掛ける?」

「それは得策ではないだろう…大会が終わるまであまり人目につかないように気をつけるくらいしか俺達にできることはないと思うぞ」

「そうね…」

もともと騒ぎを起こすつもりはこちらにはなのだ。
まして、故郷の大切に思う人がいる場所では。
受け身は本望ではないにしろ、今の彼らにおとなしくしていること以外できることはなかった。
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