大会の予選が始まった。
国一番の武術大会ということで参加者の数も多い。
参加者は八つのブロックに分けられ、その中で勝ち抜き戦を行われる。
そして、各ブロックの最後に残った1人が本戦への参加出場権を得るのだ。

予選は町外れに造られた八つの簡易競技場で行われる。
本戦で国公認で行われる大規模な賭けに参加するため、見物する側にも力が入る。
予選の間にどの選手が有力なのかを見極めなくてはならないのだ。
大都の盛り上がりは最高気に達していた。
カイルは順調過ぎるほど順調に勝ち進んでいた。その危なげのない試合ぶりに、カイルの人気も鰻登りに上がっていき、その名は優勝候補の筆頭に数えられるようになっていた。

予選では人数が多いので試合の数も多い。

一回試合に勝てば、次の試合まで2、3日日が空く。
カイルはそのほとんどの時間をエリカの元へ通い詰めて過ごした。
最初の頃は、会話の内容は術に関することばかりであった。
傍目にもエリかの術に対する関心はすぐに伝わってきたから。
幼い頃から傭兵として戦場を渡り歩いてきたカイルは、術士相手の戦闘経験も豊富だった。
あの時はこんな術で攻撃された、また別の戦場ではこういう術に襲われた、と話してやれば興味深げに聞いていたエリカがすぐにその術を再現してみせる。
しなやかな手がすべるように複雑な動きを見せ、次の瞬間にはそこからすさまじい威力の術が生まれ出る。
話を聞いただけで的確なその術を繰り出してみせるその飲み込みの早さと想像力、術のセンスは戦うことを生業とするカイルからみても眼を見張るほどだった。
回をおうごとに、二人の会話は術や戦いのことから、日々のたあいのないことなどに広がっていった。
ささいな日常で過ごす穏やかな時間はカイルにとって馴染みのないものであったが彼に小さな幸せをもたらしていた。
惹かれたのは、術を駆使する時の冷たく澄んだ瞳。
だが、普段の柔らかい雰囲気のエリカにも、いつしかカイルはどっぷりとハマっていた。

***


カイルがエリカの家に着いた時、ちょうど玄関の扉が開いてエリカが出てきた。
それを見たカイルは顔を曇らせる。
約束をしたのはあの手合わせの日だけで、後はカイルが勝手に押し掛けているのだ。
エリカに用事があるのならしょんぼりと帰ってくるしかない。

エリカが、所在無さげに庭先に佇むカイルに気付いた。
遊びに来たのだろう、出掛ける様子のエリカに出鼻をくじかれたというようにがっくりと肩が落ちている。
それを見たエリカはカイルのことを犬のようだと思った。
感情がそのまま表に現れる。
ナーラがカイルのことを無感動で物事に執着しない人生を舐めてる男だとそう評していたが、エリカにはとてもそうは思えなかった。
構って欲しくて近寄ってきて、けれども甘え方を知らないからすり寄ることもできずにただ側に立ちすくむしかない、人に懐いたことのない野生の犬。
泣きそうに淋しい眼をしながら平気な素振りをする、そんなのを見てしまったら素知らぬ振りはできやしない。

「カイルさん、こんにちわ」

「こんちわ〜」

「これから大通りまで買い物に行くんですけど、よかったらご一緒してくれませんか?」

そう誘えばカイルは途端に瞳を輝かせてブンブン首を振って頷く。
しょぼんとした風情はあっという間にどこかに飛んでいって、満面の笑みを浮かべている。
ぶんぶんと元気に振られる尻尾が見えるような気がしてエリカはふふ、と笑って行きましょうかと歩き出した。


大通りは予選が始まったとあってもの凄い人通りだった。
試合のない日は観光日とばかり、遠方からやって来た人間たちで溢れ返っていた。
はぐれないようにと気をつけていても、押し寄せてくる人混みに翻弄されてあっという間にどこかに連れ去られそうだった。

「ん…と、はいっ」

カイルは左手を差し出した。
唖然としたかのように小さく口を開いたままのエリカを見て、カイルは自分が失敗したのかと不安になる。
幼い頃から戦場を生活の場として育ってきたカイルには世間一般の常識というものが欠如している。
世間知らずだ、常識をわかっていない、とナーラにしょっちゅう怒られているから、そうなんだろうとカイル自身も何となくそう思っていた。
不思議なことにナーラやゼレントに怒られるのはそれほど嫌なことではなかった。
なぜなら、彼らはカイルを注意した後できちんと丁寧に何がいけなかったのかを教えてくれるから。
反対にちゃんと出来たときには大袈裟な程に誉めてもくれた。


差し出したままの左手を凝視され、カイルは焦った。

「えっと…手を繋げばはぐれなくて済むと思ったんだけど…」

駄目だったのかな?と聞いてみる。
普通というものがわからないから、自信がなくて小さな声になってしまう。
今まで生きてきて、あんまりこういう気持ちにはなったことがない。
傭兵としてはカイルはとても優秀だったし、戦場で迷うことなどない。迷っていたら即、死に繋がるからだ。それに、そもそも相手の気持ちを気遣うなどということはしたことがなかった。
そんな自分を情けないと思いつつも、大人しくエリカの返事を待つ。

左手とカイルの顔を交互に見比べていたエリカは、小さく頷いて右手をカイルに預けてくれた。

「そうですね、繋いでいればはぐれたりしませんものね」

ふわっと微笑まれ、カイルはそれだけで幸せになってしまう。

左手に収まったエリカの右手があんまり柔らかくて小さくて戦うための固さや厚さとは無縁のものに思えた。
幸せな気持ちで歩き出したものの、数歩進んだだけでカイルは早くも後悔し始めていた。
ドキドキが止まらないのだ。
心臓が喉までせり上がってきているのではないかと思うくらいに、心音が耳鳴りのように響いている。
隣を歩くエリカに聞こえはしまいかと心配になってくる程だ。
町並みも人の行き来も眼に移るだけで頭に入ってこない。
このままだと心拍異常で死ぬかもしれない。
それでもこの手を離したくない、ずっとこのまま歩いていきたい。
こんな気持ちは初めてだった。
自分でもどうしたらよいのか分からなかった。
目的の雑貨屋までの道のりがとてもなく遠くてあまりにも近い、不思議な感じだった。

「あ、ナーラとゼレントがいる」

通りの反対側から歩いて来ていた彼らをいち早くエリカが見つけた。
カイルが止めようとする隙もなく二人に手を振ってしまう。
嬉しそうに駆け寄ってくるナーラの後ろから済まなそうにゼレントが続いた。
カイルの渋面に気付いたのだろう。
近づいてきたナーラは二人の繋がれている手に気付いて二人の手を凝視していた。
状況から見ても振り解かれても仕方がない。
けれど、カイルは手を離したくなかった。
恥ずかしがってのことなのか離れそうになるエリカの手を、強く握りしめた。
エリカの反応が恐くてカイルの視線はそっぽを向いたまま。
すると、肩の下でふわりと柔らく微笑む気配がして、小さな手が優しく左手を握り返した。
驚いて振り向いてみれば、エリカは頬を真っ赤に染めていた。
それでも手を繋がれた手は離れてない。
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