「あー、あんた達、なんで一緒に食事なんかしてるのよー?」
人混みの中から突然ナーラとゼレントが、二人を見つけて歩み寄ってきた。
その声にエリカの視線がカイルから外される。
すいっと、顔をナーラに向けるエリカを見て、カイルの胸に先ほどのモヤモヤが再び生まれたことに気づく。
「え、鍛錬所で会って、お昼をご馳走になってたの」
ナーラにとって妹分ならば、エリカにとってのナーラは親しい姉のようなものなのだろう。にこやかに答えるエリカを見て、カイルはなんとなくふてくされた気分を味わっていた。ゼレントと微笑みを交わす段階に置いて、不快感はさらに高まる。
エリカの視線の上にいるのはいつでも自分であって欲しい。
それが自分の欲望なのだと、カイルは自己分析する。
「じゃ、私たちも一緒に食べようかな〜」
ゼレントを振り返って了承を得ると、ナーラは注文しに店内へと体の向きを変えた。
「ダメ、ダメ、絶対に駄目〜っ!」
カイルは椅子から飛び上がると、瞬時にナーラの側に寄り耳元で囁いた。
「邪魔すると、いくらナーラとはいえ容赦しないヨ?」
チャッ…と剣を鞘から外す音を同時に聞かせる。
「え?嘘でしょ?」
目を見開いてナーラはカイルの目をのぞき込み、本気の度合いを計る。
「本気も本気、邪魔しないでヨ」
唇をとがらせて、ナーラを追い払おうとするカイル。
うわっと固まるナーラ、わざとらしい程に大きくため息をつくゼレント。
どうやって邪魔者を追い出そうかとカイルがめまぐるしく頭を働かせていると、会話の聞こえていなかったはずのエリカが突然笑い出した。
「カイルさんったらなんだか子どもみたい」
拗ねた様子のカイルがよほどおかしかったらしい。
くすくすと笑うエリカの方が、よっぽど無邪気で愛らしい。
とたんに険しい視線を優しいものに変えたカイルを見て、ナーラは腰に手を当てため息をついた。
「仕方ないわ、今日のところは退散してあげる。
話は宿に帰ってからゆっくり聞かせてもらうから」
素直に引き下がる素振りを見せたナーラに、カイルはふと先ほどの受付で会った男のことを思い出してそれを教えてやることにした。
「王宮で奴の仲間を見かけたよ。
あんたら、あの辺には近づかない方がいいかもね」
それを聞いて、ナーラは苦虫をかみつぶしたような顔をする。
「武術大会を見物するのが楽しみだったのに〜。
ったく、どこまでも付いて回るなんて野暮な野郎だわ」
「そんなに楽しみにしてるなら見に来れば?
ナーラとゼレントなら返り討ちにできるでしょ」
「この街でまで騒ぎを起こしたくはないのよ」
「ふ〜ん、そんなもんなの?」
ま、教えてくれてありがとね。
そう言って、ナーラとゼレントは去っていった。
バイバイと大きく手を振るエリカの横で、再び二人きりになれたカイルは満足気に微笑んでいた。
「ナーラたちはどこに行ってきたのかしら?」
ナーラ達を見送りながら、エリカが独り言のように呟いた。
邪魔者は去ったし、これでエリカを独り占めできる。
この際、話題が別人のことなのは面白くはないけど目をつむることにしよう。
機嫌の浮上したカイルは笑みと共に答えた。
「あぁ、森の近くに鍛錬できる場所があるって言ってたから、きっとその帰りじゃない」
「鍛錬…鍛錬所で打ち合わなかったけど、カイルさんは鍛錬しないんですか?」
「あの場所ではやる気がしなかっただけ〜。
ちゃんと朝晩してますヨ〜、傭兵稼業は体が資本ですカラ」
自分のことを聞かれて嬉しくなったカイルはにへらっと笑って答えた。
ん〜、と小首を傾げながらエリカが上目遣いにカイルを見た。
薄茶の瞳に自分の姿が映っているのを確認して、カイルは鼻の下を大幅に下げる。
「あの…ですね、もしよかったら、今度カイルさんの手合わせを見せていただきたいんですけど」
「え?俺の手合わせ?」
武具用魔石と相性が悪い、と言ったことで彼女の職業意識が引っかかったのだろうと容易に推測はできても。
…エリカが手合わせを見る、ということは…今目の前にいるフワフワのエリカではなく、先ほどの真剣なエリカの視線を独占できるということで…。
願ったり叶ったりの申し出に、顔がみっともなくヤニ下がりそうになる。
カイルは慌てて右手で顔を覆って、表情を引き締めた。
「ん〜、別にいいケド、人目が多いトコは嫌なんだよね。
さっき鍛錬所で参加しなかったのも理由の1つなんだ。
どっかいい場所があるなら、構わないケド」
それなら、とエリカが自分の家ではどうかと言い出した。
「裏庭があるんですけど、充分鍛錬できる広さだと思います」
「んじゃ、明日、お家に寄らせてもらってもい〜い?」
「それは構いませんが、お相手はどうしましょう?」
「あ〜、ゼレントにでもしとく。
どうせ、宿に帰ったら部屋に寄れと言われてるし、そん時に頼んどくヨ」
明日も会える、それも彼女の家で。
思いもかけない展開で、カイルは嬉しくなった。
うきうきする気持ちのまま楽しい昼食を済ませ、明日の約束をしてエリカを家まで送り届けた。
もう少し一緒にいたいという気持ちを押さえるのが一苦労だったが、明日には会えるのだと呪文のように呟いて、カイルは足取りも軽く宿屋へと戻っていった。
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