そのまま、二人で他愛ない世間話をしつつ鍛錬所の門を潜る。
鍛錬所は王宮の中庭にあった。
カキーン、ガッ、と金属のぶつかり合う音が響きわたる。
狭いとは言えない空間で、在る者たちは剣を合わせ、在る者たちは片隅でそれを眺めている。

カイルはその場にいる全ての人間をぐるりを見回し、その技量を見た。
手合わせしている者だけではなく、ただ佇んでいる者も身のこなしやその身に纏う雰囲気でだいたいの強さは推し量れる。
その殆どは暇つぶしにもならないくらいの力量だが、中には少しは楽しませてくれそうな強者もいることにカイルはほくそ笑んだ。

「…あ」

エリカが小さな声を上げた。
どうやら目当ての人物を発見したらしい。
カイルに小さく会釈をすると、ちょうど向かい側当たりに片隅に座り込んでいた1人の戦士に歩み寄る。
一言二言言葉を交わした後、その男は隣にいた者とともに広場中央へと移動し向き合って礼をする。手合わせをする前の礼儀である。
エリカはその場でじっとその戦いを見つめている。
剣を合わせる戦士たちを挟んで、カイルはエリカの顔がよく見える場所に移動した。
真剣な眼差しで戦士だけを追うエリカはカイルの視線には気づかない。
ガッ…鈍い金属音が響き、最初の1合目がぶつかり合った。
手合わせが始まると同時に、エリカの表情が変わった。
その表情を見てカイルは納得した。
あの風を生み出したのは、間違いなくエリカであることを。
昨夜のフワフワと優しい無邪気な少女はどこにも居ない、そこには触れれば斬れる剥き出しの刃のような女がいた。
それを見てカイルは綺麗だと思った。
光を跳ね返す強い力を持つその瞳に、心が視線が急速に惹かれていく。

1つも見逃すまいと、厳しい眼で戦士の一挙一動を見守る。
戦士が右へと回り込めばエリカの視線も右へと動く。
エリカの視線は一体化したように戦士から離れない。

あれ…?

綺麗なエリカ。このままずっと見ていたい。
そう思っていたカイルは、心に生まれた黒い染みに違和感を覚えた。

冷たい大きな薄茶の瞳、ひき結んだ唇は紅を乗せてないのに色づいていて、妖艶な色香さえ漂っている気がする。
いつもの幼さは微塵も感じられず、その姿は美しくも怪しい。
カイルの眼に映る彼女は身震いする位に美しく、それを目にするのは間違うことなく福眼であるというのに、小さく黒い染みが心の中に広がっていく。
胸がチクチクと引っかかれたようで不快感を増してゆく。

目に映る幸せと胸に広がる不快感。

カイルがその元凶の元を辿ろうとした時に、手合いが終わった。
再び礼をして、壁際へと戻る戦士たち。
エリカと戦士が言葉を交わすのを見て、眉をひそめる程に不快感だけが大きくなった。

なんだか胸がモヤモヤして苛つく。
心に住みついている凶暴な獣が目を覚ます感覚…戦場にいる時のカイルには馴染みのある感覚だが、町中では不味かろう。そこらにたむろしている戦士を相手にして暴れてこの気持ちを治めようかと思う。練習試合で血を流すのは御法度だが、剣を紅く染めあげれば、きっと冷静に戻れるだろう。

相手には不幸な事故だと観念してもらうしかないよね。

唇に薄く笑みを履き、愛用の剣に手をかける。
それなりの相手を物色して声を掛けようとした時に、エリカがカイルの元へと戻ってきた。

「お待たせしました…カイルさん?」

不穏な雰囲気を身に纏ったカイルを見て、エリカが不思議そうに小首を傾げて問うた。
その瞳には先ほどの妖しい雰囲気は一欠片も残っておらず、昨夜見たとおりの可愛らしい少女がいた。
それなのに、栗色の瞳に映っているのが自分だと認識しただけで身に宿る獣が再び眠りに堕ちてゆくのをカイルは不思議な気持ちで感じた。

「武具用魔石の具合はどうだった?」

彼女を安心させるようにことさら明るく問いかければ、エリカは花が綻ぶようにパッっと微笑んで、小走りでカイルの元へと近寄ってきた。

「ええ、これなら何の心配もなく武術大会で力を奮ってもらえます」

にこにこにこにこ。
仕事の出来合いがよほど嬉しかったのだろう、この上ない笑顔を惜しみなく振る舞うエリカにカイルまで嬉しくなる。

「この後一緒にお昼でも食べない?
 お仕事頑張ったご褒美に、何でも奢ってあげるよ」

「え?
 いいんですか?」

「もちろんデス」

そして、二人は鍛錬所を後にした。



***



王都には不案内のカイルは、店の選択をエリカに任せた。
彼女が選んだのはライ麦ぱんに自分の好きな具を選んで挟める軽食の店だった。
店内でも食べられるが、二人は軒下に用意された通りを見渡せるテーブルに付いた。
エリカが選んだのは白身魚のフライとくせのない野菜、それにオレンジジュース。
カイルは薫製肉と酢付けの野菜、アルコール度の低いライ麦酒。
行き交う人々を傍らに眺めながらの昼食だ。

「そういえば、カイルさんは武具用魔石は使われてないんですか?」

カイルの剣にも鎧にも武具用魔石が1つも使用されてないのが職業柄気になるのだろう、エリカは不躾で申し訳ないのだけれども、もしよろしかったら教えてください、と問うてきた。

正直に答えようかどうしようか、カイルは迷う。
自分の手の内を明かすのは、職業上どうにも気が進まない。が、目の前の少女には嘘は付きたくなかった。

「あ〜、なんだか俺って武具用魔石とは相性が良くないんだヨネ」

指で頬を掻きながら、当たらずも遠からずの所を答えることにする。

「相性…そうですか…」

考える素振りを見せながらも、エリカの視線はカイルから外れることはない。
真剣な視線に晒されて、カイルは心が浮き立つのを感じていた。
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