「初めまして」

そう言って、柔らかな笑みを浮かべたのはまだ年若い少女だった。
愛されて育ったのだろうと思わせるまっすぐな微笑み。
しなやかな髪は栗色。
肩のところで切り揃えられていて、小首を傾げたその動きに合わせてサラサラと揺れる。
髪と同じ色の大きな瞳、白い肌…たしかに見目のよい娘だ、ナーラが心配しつつも見せびらかしたくなるだけのことはあるかもしれない。


「カイルさんは武術大会の為にここに?」

癖なんだろう、小首を傾げて聞いてくるその風情が確かに愛らしい。

「あぁ、たまたまナーラたちもこっちに来るって聞いたから便乗させてもらったんだ」

町外れにあるエリカの家と宿の真ん中当たりにある食堂でカイル達はテーブルを囲んでいた。
ナーラとエリカが隣同志に座り、カイルとゼレントが同じ側に座る。…男同士隣り合わせってのは味気ないし、何よりも狭苦しくて仕方ない。できれば、ナーラとゼレントが隣合わせにして欲しかったのだが、ナーラがエリカの隣の席を何が何でも譲らなかったので、こうなった。

「カイルさんはお強いんですか?」

「あはは、まぁ、それなりにはね」

王国一の大会だ、それなりの自信がなきゃ出場しようとは思わないダロ?
なんとも、直球な質問にカイルは苦笑する。
他人なんてどうでもいいカイルには珍しく、今日はなんとなく気分がよかった。
大きな街の活気に乗せられたのだろうか、少なくともその場の雰囲気に会わせてやろうと思う程度には。

「あらあら、エリカだってね〜、凄腕の術士なのよ〜」

隣からナーラが腕をエリカの首に回して抱きついてきた。
テーブルの上には、注文した料理が次々と運ばれ、彼女の前に置かれた大きなコップの中身がすでに半分以上ない。たしか、飲んでいるのはアルコール度の高いゼレントお薦めの地酒だったような。

「術士?」

意外な言葉に眼を丸くした俺を、エリカは恥ずかしそうに俯きながら小さく頷いた。

術士というのは、この世界を形成する自然から火・風・水・土の力を取り出して自由に操れる才を持つ者のことだ。
それだけでなく、水晶にその力を封じ込め、才の無い者にも使える『魔石』と呼ばれる魔法具を作ることもできる。
それらは自然の力を擁していて、持ち主の身を守る守り石とも呼ばれていた。

「ほら、前に仕事で追いつめられた時に私が使った切り札、覚えてる?」

ナーラが何を指して言っているのかはすぐにわかった。



それは半年くらい前の仕事でのことだった。
戦場で、カイル達はもうどうしようもない状況に陥った。
雇い入れた傭兵だけで形成された小隊。その小隊長だけはその領地の貴族で、俺達傭兵を捨て駒としてしか見ていなかったのだ。
間抜けなことに、前線を任されたと思っていたところが、実は囮で…気が付いたら、小隊長の姿はすでになく、まわりを敵兵に囲まれていた。
いくら、カイル達がどれだけ強かろうと数に勝てるわけもなく、剣が持ち上がらない程重く感じ始めて、もしかしたらこれで最後になるのかと絶望感に襲われた時だった。

「こんなトコロで死ぬだなんて冗談じゃないわ!人間、あきらめたらその場でお終いなんだから!」

15人編成の小隊のうち、すでに残っていたのは7人。中にはもう立つこともできずに膝を付いてる奴もいた。
カイル達を背に庇って立ちはだかったナーラは、ジリジリと詰め寄ってくる敵兵を油断なく睨み付けて、挑戦的にその紅い唇の端をあげた。

「私たちは傭兵よ。生き残ってなんぼよ。いつだって、逃げ道は用意しておかなくっちゃね」

そういって、ベルトにつるしてあった魔石を1つ千切り取ると、指を当てて解呪の言葉を口にした。

「解・風刃!!」

彼女によって放たれた風は、白光に姿を変え圧倒的な力を持って敵兵を一掃し、活路を切り開いた。




「あの時の…?」

目の前のこの小さな少女が?

「そうよ〜、あの魔石はエリカに作ってもらったモノなの」

ありがとね〜、とナーラはエリカの髪を撫でては頬ずりを繰り返している。
エリカも嬉しそうに、にこにこ笑っていて…カイルにはどうしてもあの風の術が目の前のふわふわした雰囲気の少女によって作り出されたものだということが結びつかない。

「…すっげぇ綺麗だった、あの風…」

あの時のことを思いだしながらの小さい呟きが耳に届いたのか、エリカは一瞬目を見張った後、ものすごく嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとうございます」

ポッと頬を染めたその姿はこの上なく可愛くて、でも、あの全てのモノを切り刻む冴え冴えとした風の刃とは両端に位置しているような気がしてそのアンバランスさにカイルはどうにも落ち着かない気持ちになった。

「エリカはね〜、武具用魔石もやってるのよ〜。
 ワタシの剣も、ゼレントの鎧のも、エリカに作ってもらってるし〜」

かなり酔いが回ってるのか、真っ赤な顔をしてナーラが言う。

「エリカの魔石がなかったら、俺たちは今ここにこうして居られなかったかも知れないな」

ゼレントが深い声音で呟いた。
これにはカイルもちょっと驚く。
彼が認めたってことはエリカの腕は大したものなのだろう、でも、ゼレントはこの手の仮定の話は好きではないのだから。
可愛いだけかと思っていた目の前の少女が、また違った存在に映ってくる。
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