ナーラの馴染みの宿屋だということもあって、気のいい女将はこの時期に嫌な顔ひとつせずにカイルのために一部屋用意してくれた。
案内された部屋にドスンと荷物を落とすと、すかさずナーラたちがやってきた。
「案内してあげる」
どこの町だとて、そんなに変わるはずもないから案内なんて必要ない。
けれど、久しぶりの故郷が嬉しいのだろう、はずんだ声で言われてカイルは釣られたように頷いた。
どうせ行くあてもないし、時間もあるし、暇つぶしにはなるだろう。
「この先にあるのが王宮よ。
受付で登録をすれば、裏手にある中庭で鍛錬することもできるわ」
「あの緑の屋根が病院よ。
偏屈な爺さんだけど腕は確かよ」
「雑貨を買うなら、あのお店。
あっちの店は高くて品揃えが悪いから、こっちの店で買った方がいいの」
ナーラは懐かしそうに目を輝かせながら、あっちへ行ったりこっちへ行ったりして教えてくれた。
いつもよりかなりのハイテンション。
久しぶりの故郷がよほど嬉しいのだろう。
カイルに教えるために後ろ向きに歩いて看板にぶつかりそうになっては、ゼレントに抱き留められる。
「ん〜、必要になりそうな場所はこれで全部かな?」
「あぁ、だいたいの位置関係もわかったし、助かったよ」
その様子を見て、今までほとんど黙ったまま後を付いてきたゼレントが二人の肩に大きな手を回した。
「よし、飲みに行くか」
もの凄い力でぐいぐいと引っ張られ、2、3歩進んだところでナーラが立ち止まる。
「ちょ、ちょっと待ってよ!
まだエリカのところに行ってないわよ」
ゼレントはひょいと片眉をあげて、ニヤリと笑った。
「んじゃ、エリカも呼んで一緒に晩飯でも食うことにするか」
「エリカって?」
初めて聞く名前にカイルは肩眉を上げる。
カイルは人見知りする方ではない。
というよりも、基本的に他人に興味がないのだ。
機嫌がよければそれなりに話を合わすこともできなくはないが、そもそも協調性というものが欠如しているので、知らない人間との顔合わせはあまりいい結果をもたらさない。
そんな事情を知っているはずの二人が知らない人間と自分を同席させようとしているのが不思議だった。
ナーラはカイルの両手を握りしめてブンブンと振り回した。
「エリカは私の剣の師匠の娘なの。
師匠は三年前に亡くなっちゃったんだけど…。
ほら、私にも家族はもういないじゃない、だから妹みたいなものなのよ。
可愛くてね〜、明るくてね〜、優しくてね〜、すっごくすっごくいい子なのよ〜」
メロメロという感じに顔が雪崩れるほどニコニコ顔のナーラ。
こんな彼女はは見たことない。
恋人であるゼレントに対してだって、こんな顔したことないだろうに。
ふと、ゼレントを見れば彼はそんなナーラを見て苦笑していた。
「俺が同席してもい〜の?」
「もちろんいいわよ〜。っていうか、見せびらかしたい気分なのよ」
…あ、そういうコトね。
面倒見がいいものの、さっぱりした気概のナーラがそこまでのめり込んでる子ってのにもちょっと興味をそそられた。
ちょっと面白そうかもしれないな。
知り合いがいるわけでもないし、約束があるわけでもない。
「んじゃ、お邪魔させてもらいますか」
「あ、でも手ぇ出したらダメだからね!」
「何それ?俺、そんなに女に餓えてないですけど〜?」
「いや、それは知ってるけど。
可愛いエリカを泣かされたくないから一応前もって釘を差しておこうかと…」
「んなら、最初っから誘わなきゃいいジャン」
「いや、そこんとこが難しいトコなのよ〜、見せびらかしたい〜でも取られたくない〜」
「…なんだ、ソリャ」
「おら、さっさと誘いに行くぞ」
見れば、待ちきれなかったらしくゼレントはすでに歩き始めている。
「よし、行こ〜!」
二人は小走りにゼレントの後へと続いた。
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