「文献によると『先見夢』を見た者は逃れられない。
必ず…とは言い切れないみたいですけど、生き延びた者はあまりに少なすぎます。
自分の身に奇跡が起きると考えられるほど、私は脳天気ではありませんし?」
くくく、と華月は紅い口角を引き上げる。
「それならば、今まで生きてきた自分を曲げることなくいつもの私でいよう、そう思いました」
「…そうか…」
長は痛ましい思いで華月を見た。
「で、その上で…長にお願いがあります」
「なんじゃ?」
目の前に座る小さな少女の言葉を、長は胸を塞がれる思いで待った。
彼女の親が命を失った晩も、この少女は稀なる才でその一部始終をかいま見ていたのだ。
絶望に打ちひしがれた華月が元のように笑えるようになるまで、どれだけの苦しみを経てきたのか、ずっと気に掛けていた長は知っていた。
親を奪った鬼に対して力を欲していた小さな子供を知っていた。
その力を得られない変わりに、術の研究にのめり込んでいたのも知っている。
自分の養い子でもある輝夜がどれだけ彼女を大切にしているのかも。
全てを悟ったような…それでいて諦めたような静かな眼を見返して長は「儂に出来うることなら聞いてやろう」としか言えなかった。
「私が死んだら…私に関する輝夜の記憶を全て封印してください」
聞き間違いだと、長にはそう思えた。
この里にいる者たちはすべて鬼を狩る仕事に従事している。
その為だろう、死に対する考え方には独特のものがあった。
死んでも残った者の心の内で生き続ける。
残されても、逝った者を想い続ける限りはその者は己の中で生き続けることができる。
里の者はみな、そう信じることで失うことの辛さを乗り越えてきたのだ。
信じられないと眼を見張る長に、華月は哀しそうに微笑んでみせた。
「輝夜…私が死んだら自分も死ぬって言うんです」
馬鹿でしょう…そう小さく呟く華月は先ほどの気概はどこにもなく、今にも消え入りそうに儚く見えた。
「華月はそれでいいのか?
輝夜がお前のことを忘れても…構わないと申すのか?」
長の問いつめる声が喉にまとわりつくようなしゃがれた音を醸し出す。
「夕日にね、照らされた輝夜が…信じられないくらい綺麗に見えたんです。
里の景色に溶け込んで…子供みたいに大声で泣きたくなりました」
それをしたら輝夜が心配してうるさいから堪えましたけどね、華月はそう言って悪戯小僧のような表情で笑った。