輝夜の姿が消えても尚…華月はしばらくその場を動かずに留まっていた。
仕事の度に手渡したお守りの数はいったい何枚になるのだろう。
それももうできないかも知れない…重苦しい想いに眉をしかめる。
華月は拳をぎゅっと握りしめると、顔を正面に上げて歩き出した。
里長に面会の申し出をしてあるのだ。
輝夜に邪魔されることのないように、彼の耳に決して入ることがないように、わざわざ仕事で居ない時を狙ってのことだった。
陽も上がったことだし、そろそろ行ってもよいだろう。
広いとはいえ、同じ敷地内だ。
母屋までの距離もたいしてない。
長に話す内容を頭の中で纏めながら、華月はのろのろと歩き出した。
華月が通されたのは、仕事の説明を受ける部屋ではなく奥まった里長の私的な空間だった。
もっとも、秘密裏の高い話だと前もって断っておいたからの里長の配慮なのかも知れない。
「して、何用じゃ?」
上座に座った里長がなかなか話を切り出さない華月に水を向けた。
常ならば、理論に優れた華月は言いたいことを言いはぐるような真似はしない。
それを知る長は、華月の様子を心配そうな眼で見つめていた。
生きてきた年月を深い皺とともに刻んだその顔は、厳しい光とともに里の者を思う優しさにも溢れている。
長がこの里を、ここに住む民を、どれだけ大切に思っているか…住民ならば誰でも知っていた。
華月は意を決して口を開いた。
「『先見夢』を見ました」
ひゅっ…と長が息を飲む音が、静かな部屋に響いた。
「桜の咲く時期です。
二度見ましたから間違いはないと思います」
「ならば、桜が散るまで仕事を入れずにおれば…」
自分を想う長の気持ちが華月には嬉しかった。
「それは私も考えました。
これでもいろいろと文献を調べたりしたんですよ」
そう言いながら眼をくるりと回してみせる。
いたずらな表情に見えるように、これ以上空気を重くして里想いの老人を哀しませたくなかったから。
「私の場合、わかっているのは血を多く流して死んでいくことと桜の花びらが散っていること。
仕事の上での死とは決まってないんです。
里で暮らしていての事故かも知れない。それは誰にもわからないでしょう。
桜の時期に何もせずに家に閉じこもってびくびくと怯えているだけというのはまっぴら御免です。
それに…」
一度言葉を切って、俯いた長の視線が自分に戻るのを待って華月は続けた。