シュン…
音なき音が響き、第一の結界が解かれた。
それと同時に鬼が空高く飛び上がる。
恨む者の元へと駆け抜けようとするその足に輝夜の投げた小太刀が深く突き刺さった。
そのまま進むことが出来ず、鬼は降りたち小太刀を抜くために木の枝に降り立つ。
長い爪を持つひからびた手が柄を握りしめたその時、輝夜が鬼の背から袈裟懸けに刀を振り下ろした。
その衝撃に溜まらず鬼が地へと落ちる。
受け身を取ることもできずに背から落ちたはずなのに、鬼は一瞬後には立ち上がって輝夜に向かい直った。
「ちっ、浅かったか…」
輝夜から眼を離さずにジリジリと後退していく鬼を見据えながら輝夜は言った。
「華月、『千里眼』で鬼を追って俺に教えて」
「わかった」
「残る奴らは夕霧の手当ね」
「了解した」
輝夜が刀を上段に構えた瞬間、鬼はきびすを返して夜の闇に溶ける。
次の瞬間には輝夜の姿も消えていた。
華月は『千里眼』で鬼の姿を追った。
「輝夜、鬼は木の枝を渡りながら北東方向に山を下るつもりらしい。
そのまままっすぐ進んで」
心話を飛ばしながら、華月は泰冥たちに夕霧を任せ輝夜の後を追う。
一度捉えた得物を『千里眼』が見逃すはずはなかったが、距離が近い方が指示も出しやすい。
輝夜が強いのは充分知ってはいたものの、たった1人で鬼に対峙させるのは嫌だった。
鬼や輝夜のように飛ぶような移動は華月にはできない。
それでも急いてしまう心のままに足を懸命に動かして華月は進んだ。
生身の眼で夜の森を、心の眼で鬼を見据えながら。
結界に阻まれて鬼は山から出ることができない。
惑わされた鬼は同じ場所をぐるぐると徘徊していた。
「止まって、輝夜」
華月から飛ばされた心話に、輝夜は足を止めた。
「鬼がいる。
その先にひときわ大きな欅の樹があるでしょ。
それを中心にぐるぐると回ってる。
惑わされているのにはまだ気付いていないみたいだけど…」
気をつけて…心からの呟きに輝夜がくすぐったそうに微笑んだのがわかった。