「どういうことだ」
だんだん王子様の声が低くなってきました。
王子様の機嫌が悪くなってきた証拠です。
ジャンは冷や汗をかきながらも説明しました。
「この森に足を踏み入れた者はみんな口を揃えて言うんです。いつのまにか森の外 へと出てきている、と。この森の中へ入れた者はいないんです。だから、ここは『まやかしの森』と呼ばれているんです」
王子様は愕然としました。
ジャンが言うことが本当なら、あの女の子に会えないということになるのです。
でも、ここは『まやかしの森』。
あの女の子はこの森の主木の精です。
約束を守るために会いに来たのなら、きっと森に入れてくれるはずだと王子様は思いました。
「ボクたちが入れないのなら、あの子を呼べばいいのだ。
ボクたちはただの旅人とは訳が違う。あの女の子と約束しているのだからな」
王子様はそう言うと、息を大きく吸いました。
「おぉぉぉ〜い、ボクが会いに来たぞぉ〜、約束を覚えているかぁ〜?」
そして、ジャンを振り向きジャンにも大きな声で呼びかけるように言いました。
ジャンも大きく息を吸い込んで森へと叫びました。
「覚えておいでですかぁ〜?王子様がいらっしゃいましたよぉ〜!」
王子様とジャンは次々と叫び、その大きな声は森へと吸い込まれていきました。
二人が疲れ果て肩で息をするようになった頃です。
「うるさいったら、うるさいわね!」
怒った声が頭の上から聞こえました。
二人が見上げると、空に箒に乗った女の子がフワフワと浮かんでおりました。
「今、私はとぉぉぉ〜っても忙しいのっ!
そんなに大きな声で騒がれたら、集中できないじゃないの!」
苺色の髪の毛に、夜の空色の大きな帽子、おんなじ色のワンピースに身を包んだ女の子はプリプリ怒っています。
ジャンはなんだか悪いことをしてしまったような気がして、シュンとしてしまいました。
けれども、王子様は負けずに言い返します。
「ボクにはボクの事情があるのだ。
一方的にズケズケと言われるのは非常に心外だ」