王子様とジャンがゆっくりとその場を去ろうとした時です。
「そこにいるのは誰だぁ〜」
地の底から這うような恐ろしい声があたりに響きわたりました。
王子様とジャンは抱き合って震え上がりました。
二人がのぞき込んでいた沈没船の扉から、太く黒い触手が伸びてきました。
そして、二人の側を大きな黒い影がもの凄い勢いで通り過ぎ、薄暗い海の底でその姿を現しました。
「…あれは…」
「…タコ…?」
そうです、化け物の正体は今までに見たことも聞いたこともないくらいに巨大なタコでした。
ジャンはそんなお化けのようなタコを目の前に、相変わらず怖くて怖くてたまりません。
ところが、王子様は大きなタコの姿を目にした途端、大きく一歩足を踏み出しました。
「タコ、タコ…茹でダコ、マリネ、たこ焼き、…いやいや、刺身も捨てがたいぞ」
「王子様ぁ〜」
ジャンは慌ててお化けタコに近づこうとする王子様を抱き止めました。
そうなのです、王子様はタコも大好物なのでした。
初めて見る大きくてとても食べがいのあるタコを見て、王子様の目はランランと輝いています。
王子様はとても食いしん坊なのです。
王子様の目には、お化けタコはすでに食材としか見えていないようです。
驚いたのはお化けタコです。
今まで、自分の姿を見て驚き怖がりたじろがなかった者はいないのです。
それが、今目の前にいる小さな生き物は、自分の姿を見るやいなや目の色を変えて近づこうとしているではありませんか。その視線はまとわりつくようでとても不快です。見ると、口から涎を垂らしているではありませんか。