次の日、カイルには6回目の予選試合が入っていた。
前日の様子が様子だっただけに、心配気に顔を出したナーラとゼレントにカイルはいつも通りの皮肉気な笑顔を残して出掛けていった。

選手の控え室となっている大部屋の片隅で、カイルは独り剣を抱え込んで静かに座っていた。
出番まではまだ幾ばくかの時間がある。
戦うことが日常だったカイルにとって、試合前の緊張は無縁のものだ。
どれだけ観客がいようとも、剣でのやり取りに変わりはない。
ザワザワと騒がしい部屋の風景を眺めるともなく眺めていたカイルは、特に騒がしい集団の中に今日の対戦相手の姿を見つけた。
すでに試合を終えてきた者もいるのであろう、声高に試合の出来具合を誇示しているのが聞こえる。

下卑な奴らだ。

カイルは心の中で吐き捨てるように呟くと、うんざりした表情で視線を外した。
こんな時は、己の聴力が恨めしく感じる。
聞きたくなくとも、風が音を拾ってくるのだ。

「おう、お前らよくやったな!素晴らしい戦いだったぞ!」

その時、聞きとりずらい大きなだみ声が突如部屋に響きわたった。
聞き覚えのある声にカイルの体がピクリと反応した。
どの人間がその言葉を発したかなど、カイルには見るまでもなく分かっていたが、一応確認のためにそっと視線を部屋中央に戻す。
派手派手しいマントに身を包んだ男が、上機嫌で仲間の勝者の肩を叩いてその勝利を祝っていた。

ちっ…あいつの仲間だったのかよ…。

男は無くした右腕を隠すために、マントを羽織っているのだろう。
ナーラに言い寄りその腕を失った男は、噂にあった通りどこか羽振りの良い商家の息子だったらしい。
そうでなければ、戦う力を無くしたというのに傭兵の間でいい顔はできまい。

ようは金ヅルとそれに群がる羽虫達ってわけかよ。

つるむことを嫌い独りでやってきたカイルにとって、損得でできあがっている関係ほど吐き気を及ぼすものはない。
そういう輩は、己の得を守るためなら卑怯な手段を厭わないからだ。
国主催の大会で問題を起こせばこれからの傭兵稼業に支障を来すことくらい分かっているだろうから、妙な手は使ってはこないだろうけれど。
同じ空気を吸うのすら嫌になってきたカイルは、気配を消したまま影のように部屋の外へと滑り出た。

競技場の裏に設えた休憩所で時間を潰していたカイルは、高らかに鳴る鐘の音とわき上がる観衆の声でまた一つ試合が終わったことを知った。

そろそろ自分の出番だとカイルは傍らに置いていた剣を手に、私設内へと戻った。
次の選手を誘導するために来た係員を控え室手前で捕まえ、競技場へと繋がる細い廊下を歩いて行く。
明るい光が近づくと共に、観客の声援も大きくなる。
優勝候補であるカイルの名を呼ぶ幾つもの声に迎えられ、カイルは競技場に立った。

***

審判に促され、選手が競技場の中央へと歩み出た。
カイルはゆっくりとした歩調で、近づいてくる相手の出で立ちを注意深く観察した。

共に傭兵稼業で身を立てている2人の出で立ちは、一見似ているようで実の所まったく違う。
長年戦っていれば居るほど、その戦い方が武具防具に反映されていくものだ。
例えば、カイルは動き易さを重視する為、最低限の装備しかしていない。
武具は左腰に下げた中剣と小剣。
防具はといえば頭部は視界を遮られるのを嫌って額あて。そして、白金の鎧の他には小手と足あてだけだが、どちらも動きの邪魔にならないよう体の先に沿った薄手のものだ。

対する相手の装備は、兜と鎧は赤みがかった鋼のもの。
そして、胸の部分には赤子の拳大の魔石が埋め込まれている。
淡い黄褐色の石の中で魔力が小さく揺らいでいるのが見える。
それを見取ったカイルはふっ、と小さく笑った。
魔石の色が濃い程、揺らぎが大きい程、中に込められた魔力は大きいのだ、とエリカが教えてくれた。
ならば、この戦士の魔石は大した魔力は宿していない。鎧本来の防御力に多少色がついた程度の守りだろう。
そして、腕には大きく分厚い装甲の小手。
これは相手の剣を小手で受け止めるためのもの。
避けることよりも守ることを前提で選ばれた装備は、持ち主が小回りのあまりきかない者だということを示している。
通常は利き手でない方に重厚な小手をはめるものだが、両の腕にはめていることを見ると何か理由があるのであろうことがわかる。
それだけを見てとると、カイルはうっそりと笑うとこれから始まる戦いにわき上がってくる高揚感に身を任せた。

ピィィィィィーーーッ

会場を揺るがすような笛の音が、試合の開始を告げる。

互いに剣を抜き、間合いを取る。
ほんのしばしの間だけ静まり返った競技場も、今は剣が合わさるのを待ちわびる観客たちの歓声がウワンウワンと唸るようだ。
戦士が剣先を軽く動かして、挑発する。
カイルはそれに迷うことなく乗った。
正面から斬り込むと見せかけて、一瞬手前で戦士の左へと飛ぶ。
身体の向きを変えるだけの時間を与えることなく、剣を繰り出せば戦士は分厚い小手でカイルの攻撃を受け止めた。
と同時に戦士の大剣がうなりを上げて襲いかかって来るが、小手の内側に滑らせた剣を支点にしてカイルはくるりと背後に回り、戦士の軸足に足払いをかけた。
痩身のカイルでは、重量の違いもあって倒すことはできなかったものの、戦士はたたらを踏んで体勢を崩した。
すかさずカイルの剣が斬りかかるが、戦士は地に転がって避ける。
右に左にと転がる相手を追いすがって攻撃に出るが、相手は剣を避るだけではなく的確なタイミングでカイルの足を狙って剣を繰り出してくるものだから迂闊には近づけない。
これまでの予選を通過してきただけのことはあって、対戦相手もそれなりに戦い慣れをしているようだった。それもカイルと同じく接近戦を得意とするタイプのようだった。
これ以上の深追いは危険だとばかり、カイルは数歩下がって戦士が立ち上がってくるのを待った。

さて、どうするか…。

カイルは相手の出方を見ることに決める。
純粋に力比べをしたならば相手に軍配が上がるであろうが、素早さはカイルの方が断然上だ。
油断さえしなければ、隙をついて一気に決めることができるだろう。

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