王宮から北西に外れた森の手前にエリカの家はあった。
古いながらも手入れの行き届いた小さな一軒家。
約束した時間ぴったりにカイルはナーラとゼレントを連れて訪れた。
エリカが前もって作っておいた焼き菓子を振る舞ってくれ、まずはのんびりと午後のお茶を楽しむ。
そして頃合いを見計らって、今日の目的である手合いのために裏庭へと場所を変えた。

エリカがここは術の練習などに使うための場所なのだと説明した通り、けっこうな広さの裏庭には、隅に石造りのテーブルセットが置いてあるだけで後は何もない。


カイルとゼレントが中央に進み出た。
エリカとナーラは邪魔にならないように端の椅子に腰を下ろす。

二人が腕や足の関節を動かして体の準備を整えていると、エリカとナーラの会話を風が運んできた。

「ね、ナーラ…カイルさんってゼレントと同じくらい強いの?」

「あぁ、カイルは強いねぇ」

ナーラが片頬を上げて苦笑した。

「戦いと言うといろんな戦い方があるけどね、こと剣の腕だけでいえばワタシが知ってる中で最強かもね」

事実なのだけれど、自分の強さをエリカにアピールしてもらえてカイルは嬉しくなる。
いいぞ、ナーラ、もっと言ってくれ〜、後で奢ってやるからね〜。

「ゼレントくらい大きいと威圧感からかより強そうに見えるけど、カイルさんって細身っていうか線が細いっていうか…」

「そりゃ、大男のゼレントと比べれば大抵の奴は細く見えるわよ」

「ん〜、そうなんだけど…しゃべり方とか雰囲気とか、柔らかい感じがするじゃない、それになんか無邪気な感じもするし、なんだか聞いていたのと違うって感じで」

昨日の昼食の時を思いだしたのだろう、エリカは笑みを含んだ声でそう言った。

「エリカ…あんたの人を見る目は間違ってる」


ナーラは突如自分に向けられた殺気に反応し、思わず腰の武器に手をやった。
カイルとナーラの視線が絡まり、カイルが殺気はそのままにニコリと微笑んでやると彼女はふっと体の力を抜いて頭を掻きながら苦笑した。
カイルの聴覚が異常によいことを思いだし、会話を聞かれたことを悟ったのだ。

「おぃ、あんまりナーラにちょっかい出すんじゃねぇよ」

突然、ゼレントに肩を掴まれ低い声で恫喝される。
体に触れられることを嫌うのを、そうと知っていてやることに、ゼレントが半ば本気で気分を害しているのが知れた。
ゼレントはナーラに拾われたとかで、彼女に忠誠を誓っているのだと聞いたことがある。
ナーラを守るのが己の存在意義だと。
聞いた時には鼻で笑ったが。

「余計なことさえしなきゃ、俺だって何もしやしないよ?」

睨み付けてくるその瞳を不敵な笑いで返し、数歩さがって間合いを取る。
本気にやり合うのなら、ゼレントは油断できない実力の持ち主であった。
力が均衡していた方が、例え手合いにしろ楽しいと思う。

「じゃ、始めよう」

声を合図に二人は充分な間合いを取った。
すぐに斬りかかるような真似はしない。
剣先を上げて相手を挑発したり、振りかぶる真似をしたりして精神が高揚してくるのを待つ。
互いに軽い挑発を繰り返し、先に切り込んできたのはゼレントが先だった。
息をする間も無いほど続けざまに打ち込んでくる。
体の大きいゼレントの一合一合は重い。
まともに受けていては腕がもたないとばかりに、カイルは受け止めた剣を捻って次の攻撃に移れないようにする。
重なった剣を間に、二人の視線が絡み合う。
カイルはにやり、と笑い、剣を強く押し戻した瞬間大きく後ろに飛ぶ。
軽く体勢を崩したゼレントに隙を与えないまま反撃に移った。
右に左に上から下へと、予測させない軌道で斬りかかる。
さすがに全て受け流されるものの、ゼレントに切り返す余裕はない。
攻める速度を落とすことなく、カイルは視線をエリカへと流した。

その薄青の瞳に望んでいたとおりのものが映し出され、薄い唇の口角が上がる。
エリカが鋭い視線で自分を見つめているのだ。
カイルは心が浮き立つのを感じた。

「だ〜、余所見なんかしてんじゃねぇよ」

堪らないのは相手をしているゼレントだ。
カイルの視線はあからさまに自分にはないというのに、その攻撃は防御の薄い場所を狙い澄ましたかのように攻めてくる。
へらへらと笑いながら、だ。
緊張感の欠片もない。
知ってはいたが、相手の出方を読むカイルの勘の良さは寒気がするほどだった。

敵に回したくはないな。

そう思いつつも、やられっぱなしはゼレントの性に合わなかった。
なんとか切り返しを狙おうとカイルの隙を伺う。
カイルが視線を外したまま、エリカに笑顔の大判振る舞いをした瞬間にゼレントはカイルの胸元に突っ込んでいった。

カイルは、ゼレントが起死回生を狙っていることに気づいていた。
このまま長時間にもつれ込めば、体力的に自分に不利になる。
それならば、とわざと隙を作ってやる。
視線を自分に合わせながら撃ち合い続けるカイルをエリカが目を大きく見開いて見つめている。
その瞳を自分に充分惹き付けてから、カイルは全開の笑顔を送る、そしてそれと同時に一瞬だけ攻めこむ手を送らせる。
あからさま過ぎるかと思ったが、ゼレントは嬉しいくらいに単純に引っかかった。
勢いをつけて飛び込んできた一撃を受ける素振りだけしてゼレントの横に回り込む。
大剣を振り切った所を待ちかまえて、全身の力を込めて下から上へと剣で跳ね上げた後、瞬時に引き抜いた小剣の柄で手の甲を狙って思い切り叩く。
強い力で打たれたゼレントの手は痺れて感覚を失い大剣を取り落とした。
勝敗を決した瞬間だった。

「やられたな…お前が二刀流だということを忘れていたよ」

厚めの唇が悔しそうに歪むのをカイルは嬉しそうに眺めた。
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