天高くそびえる山脈を北に従え、その麓に広がる深き森に守られて、大陸一の大国ガルボゥロの王都は在る。
春の花祭りを終え、夏を迎えるにはまだ少し早い時期。
大都は二年に一度開催される武術大会を2週間後に控えて賑わっていた。
参加するため、見物するため、それぞれの目的のためにたくさんの人が続々と街目指してやって来る。
王宮に続くメインストリートでは、行き交う人々の波が途切れることなく続いている。
その波の中に、たった今王都に辿り着いたばかりの3人の姿があった。
内1人は女性。
女にしては背の高い方だろう、そのすらりとした肢体を赤銅色の鎧に包み、腰には細身の剣と銀の鎖を下げている。
腰に届く長い赤髪を頭上高く結って、大きな緑玉で留めていた。
琥珀色の切れ上がった瞳と口角の上がった瞳が猫科の動物を彷彿させる艶やかな美女だ。
その後ろを守るかのように付き従うのは、頬に大きな刀傷のある鋼色の髪と目を持つ大柄な男。
鍛え上げられた肉体は黒い鎧で被われていて背丈ほどもある大剣を背負っている。
『火炎のナーラ』と『鬼神のゼレント』。
傭兵仲間の中では知らぬ者はいないと言うほどの名の知れた二人組だ。
そして、今1人はまだ年若い細身の青年。
金色の髪と冴えた冬空の色の眼。
白金の鎧と腰に下げた中剣と小剣が、二人と同じく戦いに身を置くものだということを示している。
彼の名はカイル。
『白刃のカイル』、その名の由来を知る者からは恐怖と畏怖をもって呼ばれていた。
一仕事終えた酒の席で武術大会に参加する為に王都に行くと告げたカイルに、しばらく故郷に帰るからどうせなら共に行こうと王都出身のナーラが申し出ての同行と相成った。
別段1人でも困ることなど何もないが、一週間近くの歩きの旅、気を紛らわすには悪くはない。
断ることでもないと受け入れた。
知り合ったのは、4・5年ほど前。
領地争いの戦場で、傷を負ったナーラと彼女を守るために思うように動けずに苦戦して追いつめられていたゼレントを手助けしたのが始まり。
それからたびたび同じ仕事を請負ったことから言葉を交わすようになり、飄々として全てにおいて無頓着なカイルを世話好きなナーラがいろいろと構うようになり、今ではそれなりに親しいともいえる友人関係を築くようになっていた。
「さっすが王都、すっごい活気だねー」
眼にかかってきた金髪をかき揚げながら、カイルは道行く人々を眺めた。
「大会が始まったらこんなもんじゃないわよ」
歩くのさえ大変なのだ、とナーラが笑いながら言う。
カイルが王都を訪れたのはこれが初めてだった。
治安が整っているためなのか、この地方では大きな仕事があまりない。
そう聞いて、統治の甘い危険な地域を拠点にしていた。
名が売れれば割のよい仕事も率先して貰えると、地方の武術大会があれば参加してきた。そのせいもあってか、同業者だけではなく一般にも名が知れて名指しで雇われることも増えてきた。
齢13の時から始めた傭兵稼業も今年で11年になる。
そろそろ小さな大会をこなすより、大きな大会での優勝の方が効率的だとわざわざ王都くんだりまでやって来たのだ。
「んじゃ、またどっかでネー」
久しぶりの故郷、会いたい人もいるだろう、同行の約束は王都までだったとカイルはここでナーラたちと別れるつもりだった。
バイバイと手を振って歩き去ろうとしたカイルにナーラは「ちょっと」と声を掛けた。
「「どこ行くのよ?」だ?」
カイルを引き留める時、ナーラもゼレントも決して体に触れることはしない。
カイルが無闇に接触することを神経質な程に嫌うことを知っているから。
それはカイルがわざわざ言ったわけではなく、彼らがカイルを見ていて気づいたことなのだろう。
そんな気遣いができる二人をカイルは嫌いではなかった。
「いや、まずは泊まるところを決めないと落ち着かないから」
「馬っ鹿ねー、アンタ。
これだけの人がこの街に集まってきてるのよ。
飛び込みで部屋を取れるとでも思ってるの?
この時期の宿屋は予約でみんな埋まってるわよ」
腰に手を当て、ナーラはチッチッチッ…と指を左右に揺らした。
「無理、無理。
ゴチャゴチャ言わずに黙ってワタシに付いてらっしゃい」
「俺たちの顔を見飽きてもう嫌だと言うのでなければ、な」
ゼレントが方頬を上げてニヤリと笑う。
この二人、一緒の時はほとんどナーラがしゃべり倒してゼレントが口を開くことはまずない。
もともと無口な男であるが、気心知れた相手であればそれなりに軽口をきく。
ナーラは返事を待たずにさっさと歩き出した。
ゼレントを見上げれば、彼もナーラに続いて歩き出す。
「ま、いっか。自分で探すのも面倒だし、おまかせしまショ」
カイルは肩を竦めると、二人の後を付いていくことにした。
連れてかれたのは、大通りを二本ほど奥に入った裏通りだった。
看板には『馬の蹄亭』とかかれた、古い2階建ての木造屋。
一階が食堂で二階が宿屋の、ここいら辺ではよくある作りになっているようだ。
「ふふ、ここは穴場なのよ。
居心地いいんだけど、通りから離れてるから常連しか来ないしね」
ちょっと自慢げに胸を逸らしてナーラが中へと入っていく。
「ここの料理はなかなかイケる。地酒も旨い」
夜を楽しみにしてるといい、そう言ってゼレントはニヤリと笑った。
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