◇情熱の行方
そこかしこに残っていた雪も溶け初め、里を包んでいる空気もぬかるんできた。
春である。
その日、夕霧と六花は買い出しがてらの散歩を楽しんでいた。
ふと見れば桜の枝に薄桃色の固い蕾。
そう言えば、夕べは路地裏で猫の鳴き声がやたら煩かったっけ…夕霧はぽりぽりと頬を掻きながら思った。
「春だな〜」
桜が咲いたら二人で花見でもしようと隣を見れば誰もいない。
慌てて振り返ってみれば、六花が立ち止まって草むらを凝視していた。
「どうした?」
「挙動不審な鳥がいる…」
六花が指さした先を見れば、綺麗な瑠璃色をした鳥が冠羽根と尾羽根を膨らませながら首を上下に振っていた。
「ああ、あれは求愛のダンスを踊ってるんだ」
「求愛のダンス?」
「あの草むらを見てみ、茶色い鳥がいるだろう、あれが雌だ」
「地味だな」
「…と、ともかく、春になると雄は雌にああやって情熱的にダンスを踊って番になってもらうために頑張るんだよ」
「…毎年求愛するのか…鳥も大変だな…」
黙りこくってしまった六花を見て、夕霧はふと嫌な予感に捕らわれる。
六花とは決して短い付き合いではない。
全てを把握するには遠く及ばないにしろ、彼女の不可思議な思考を少しは理解しているのではないかと思う。
それが思いこみに過ぎなくても、そう思ってなくてはつき合ってはいられまい。
瑠璃色の頭が左右に揺れる度に六花の視線も左右に揺れる。
ま、拙い…。
求愛のダンスを所望されそうな予感がする。
夕霧はくらりと目眩を感じた。
ここは里の大通り。
少ないとはいえ、ちらほら行き交う人影もある。
人目がある場所でそんな恥さらしな行為は御免こうむりたかった。
どうすれば、その展開を回避できるだろうか。
「動物には言葉がないからな、態度で示さないとわからないのかもしれないし」
とりあえず、自分は人間だということをアピールしてみた。
「言葉にすべて頼るのはどうかと思うがな」
「うっ…」
「そ、そうだな。そもそも毎年毎年、相手が変わるのかもしれないし」
とりあえず、さりげなく長年つき合っていることをアピールしてみる。
「同じ相手でも愛の確認のために毎年踊るのかも知れないぞ」
「うっ…」
会話をしつつも六花の視線は瑠璃色の冠羽根とともに揺れ続けている。
「長年連れ添っているとそれが愛情によるものか惰性によるものか己にもわからなくなることもあるかもしれないしな」
その小さな呟きを耳にした途端、夕霧は思わず叫んでいた。
「俺は惰性なんかでお前とつき合ってなんかないぞっ。
見ろっ、俺の情熱のダンスをっ!!」
時間を巻き戻せるものなら巻き戻したい、と。
だが、一度口にだした言葉は取り戻せない。
あぁ、どうしよう…。
夕霧の頭の中でとりとめのない思考がぐるぐる回る。
自慢ではないが、踊りになどとんと自信がない。
踊れるのは夏祭りの盆踊りくらいなものだ。
蒼白になり我知らずガクガクと震える夕霧に、六花は冷たい視線を浴びせた。
「お前ってほんとに…」
「え…」
「こんな場所でいきなり踊ってみろ、いい恥さらしだ…そんな人間と知り合いだと思われるのはまっぴら御免だ。
私は先に行くぞ」
そう言ってさっさと歩き出す六花を、夕霧は唖然として見送ることしかできなかった。
これではまるで自分の方が理解不可能な人間のようではないか…。
自失のあまり、夕霧は六花の真っ赤に染まった耳に気付くことができなかった。
『鬼狩りの里』は今日も平和です。