◇青い飴
「これを…」
夕霧は卓袱台にコトリと置かれた小さな瓶を凝視した。
透明な硝子の中に、晴れた日の海のような青い飴玉が入っている。
六花は中から二粒取り出すと、夕霧へと差し出した。
「さぁ」
一見無表情を装っているが、その瞳は期待に満ちあふれキラキラと輝いている。
口元に力が入っているのは、ともすれば口角が上がるのを無理に押さえているのだとしか思えない。
絶対何か企んでやがる…。
夕霧はずぃっと差し出された手をじっと見つつも決して動こうとはしなかった。
「夕霧、甘いの好きだろう?」
猫撫で声とはこういうものだという見本のしたたるような甘やかさで六花が誘う。
「で、これはいったいどんな効用があるんだ?」
無視するのを諦めた夕霧が六花に問うた。
「一粒で10年、歳を取る摩訶不思議な飴だ」
「………」
二つの飴玉を見つめる夕霧の眉間に皺がよる。
「ほら、さっさと舐めろ」
動かない夕霧に痺れを切らしたのか、六花がその口元へとぐいぐいと押してきた。
「俺は今の歳に不満はない。…というよりも、何が悲しゅうて若い身空でいきなり中年にならなきゃいけないんだよ、あぁ?」
目の据わった夕霧が常にない様子でやさぐれたように突っかかってくるのを六花は菩薩のような微笑みで迎え撃った。
「聞けば、世の殿方達は常に将来への不安におびえていると言うではないか。
朝日の中で床に落ちてるソレの数を震えながら数え、風呂に入れば流れていくそれ から目を反らす…そんな不安からこの私が解き放ってやろう」
長〜い友達が信頼に足るものかどうか確かめてやろう、と淀みない口調で胸を張る六花に夕霧は思わず目頭が熱くなった。
「お前の認識は間違っている」
「失敬だな、いったい私の何処が間違っているというのだ」
「別に男の全てがそんな不安に苛まされているわけではない」
「ん?んじゃ、夕霧はちっとも未来に不安はないと?」
六花は眉を片方上げて上目遣いに覗き込んできた。
「夕霧の髪はさらさらとしててキレイだよな。柔らかくて細くて…危険じゃないか?」
「危険…危険ってなんだよっ?!」
「だから、ハ…」
「うわぁ〜〜〜っ!!!言うんじゃないっ、その言葉を言うなっ!」
「なんだ、やっぱり不安なんじゃないか」
「不安なんかじゃないやいっ!!」
素直じゃないな〜、と笑う六花に夕霧はじたんだを踏んで言い返した。
「よしんば不安だったとしても、俺は別に確かめようとは思わないっ!」
「ふふふ、怖いんだ?」
「違う」
「夕霧の弱虫」
こちらを横目で見て鼻で笑う六花を夕霧は真顔で見返した。
「未来の己の姿を確かめたいとは思わないってのもあるが…なによりそれより、この飴を舐めて20年後の俺になったとして…」
「なったとして?」
「いったいどうやって元に戻るというんだ?」
「あ……」
「人様にこんな怪しいモンを奨めておいて、まさか元に戻れる薬を用意してないわけないよな?」
「ははははは…そっちを作るの忘れてた」
夕霧は六花の掌から二粒の飴を奪い取ってずずずぃと彼女に差し出した。
「お前が舐めればいいじゃないか、というよりもむしろ舐めろ」
そうして『鬼狩りの里』は今日も一部を除いて平和に暮れていくのであった。