◇年越し
その年の大晦日は朝から雪が降り続いていた。
一緒に年越しをする約束をしていた夕霧はあと数刻で日付が変わる深夜にようやく仕事を終えて恋人の家へと帰ってきた。
夕霧が風呂に入って汚れと埃を落としている間に、六花が年越し蕎麦の用意をする。
ガシガシと濡れた髪を手ぬぐいで拭いながら出てきた夕霧をみて、六花が鍋の中身を器へと移す。
卓袱台に運ばれたそれを見て、夕霧はあれ?と小さく首を傾げた。
向かい合って正座して、「いただきます」と箸を手に取る。
器から掬った麺を見て夕霧の首はさらに傾がっていった。
「え〜っと…六花?これは年越し蕎麦だよね?」
「当たり前だろ、大晦日には蕎麦、これが決まりだ」
「でも、なんだかうどんっぽく見えるんだけど」
そう言う夕霧の箸にはうどん並の太さの麺がからめ取られている。
「うどんはうどん粉、蕎麦はそば粉から作るんだ。
これはそば粉で作ったから間違いなく蕎麦だよ」
「でも、蕎麦にしてはものすご〜く太いんですけど…」という夕霧に「お前が遅いから悪いんだ」と呟く六花。
「外は寒いから帰ってからすぐに食べられるように作って待ってたのに」
そういう六花の目元は常になく赤らんでいて…夕霧は意味もなく慌ててしまう。
「あぁ、うん。
俺が遅かったから蕎麦が汁を吸ってこんなに太くなっちゃったんだな、御免っ…その…来年はもっと早く帰ってくるから」
会話の流れとは言え、来年の大晦日の約束まで取り付けてしまい、夕霧も顔を赤らめる。それは付き合い初めの初々しい恋人達のようで、恥ずかしくていたたまれないような空間に、ズルズルと蕎麦を啜る音だけが響いた。
蕎麦粉を打った段階で疲労困憊してしまい、麺を細く切るのが面倒臭くなってしまったということは秘密にしておこう…六花は心の中で舌を出した。
雪はしんしんと降り続き、夜は静かに更けて行く。
除夜の鐘が打ち終わるまで、あともう少し。