◇食卓
里が赤い夕焼けに染まり、家々ではそろそろ夕餉が始まる時間。
六花の家の丸い卓袱台の上には、山となったおにぎりが積み上げられていた。
「えっと…この尋常でない数のおにぎりは何?」
「私は考えたんだ」
どうせまたろくでもないことを考えついたのだろう、と思ったものの夕霧は賢明にもそれを口に出すことはしなかった。
「1日三食、一生のうちで食事できる回数というのは限りがあるということに気付いたんだよ、私は」
「それがこの膨大なるおにぎりと何の関係が?」
夕霧の目は卓袱台に山となっているおにぎりに注がれた。
「限りある食事ならできるだけ楽しく食べたいじゃないか」
「分かるだろ?」とにっこり微笑みかけられても夕霧にはちっとも分からなかった。
「で、それがなんでおにぎりに繋がるわけ?」
「まぁ、ぐだぐだ言わずに食べてみればわかる」
夕霧は素直におにぎりの山からひとつ取った。
大きく一口食べる様を六花は目を細めて見つめている。
何やら訳がわからないが、彼女がわくわくしているのがよくわかる。
「どうだ?」
「どうって…具がない…」
かぶりついたおにぎりはどこまでいっても白米しか見あたらない。
六花はこれ見よがしに大きなため息をついた。
「それはハズレだ」
「ハズレ?」
「ハズレというよりはスカだな」
スカを手に夕霧はどうしてよいのかわからなく、無理矢理残りを口に押し込んだ。
「実はそのおにぎりの具は『塩にぎり』なんだが…結果として具無しと同じになってしまったというわけだ」
だからスカだ、と六花は笑った。
次のおにぎりにはちゃんと具が入っていた。
眩しいくらいの白い米に囲まれて、赤橙黄緑青藍紫と七色の具が鮮やかだった。
目には美しくそして舌には破壊的。
「…六花…これは…」
「キレイだろ〜?
赤は梅干し、橙は蜜柑、黄色が沢庵で緑が胡瓜、青が…迷ったんだよ、青の色素は毒を持ってることが多いからな…で、ツルコケモモにしておいた。厳密にいうと青ではないがで勘弁してくれ。藍は茄子の浅漬け、紫は赤紫蘇だ」
これだけの具をひとつのおにぎりに入れるのは大変だったんだぞ、と楽しそうに笑う六花を横目で見ながら、夕霧はそっと虹色おにぎりを皿に戻した。
先ほどの六花の言葉を鵜呑みにするならば、これは楽しい食事のはずなのにどうしてこの上もなく苦行に感じられるのだろう。
自分の感性がおかしいのか…夕霧はこみ上げる涙をぐっと堪えた。
卓袱台には未だ山盛りの未知なるおにぎり…楽しい夕餉はまだまだ終わりそうにはない。