◇嫉妬
「六花、お前、昨日男と一緒にいたって…」
玄関を蹴倒す勢いで走り込んできた夕霧に、六花は一瞬作業の手を止めて眉を顰めた。
「おい、親しき仲にも礼儀ありという言葉を知らないのか。
入る前に一言声をかけるくらいしろ」
そう言うと、再び鍋の中身をかき回し始めた。
「…こんにちわ」
「はい、こんにちわ」
「で、どうなんだよ」
「何がどうなんだ?」
「一緒に飯も食ったって…」
「あぁ、事実だ」
「浮気?浮気したのか?」
「いや、そういう事実はないが」
「これからするのか?」
「そういう予定も今のところはないが」
「今のところって何だよ?今のところってっ!」
「予定はあくまで未定というだろう」
「俺を捨てるのか?」
「そういう予定もないが」
「…予定は未定なんだろ…?」
「もしそうなった場合も拾ってやるから安心しろ」
しばしの沈黙がその場を包んだ。
「で、誰と一緒だったんだよっ?!」
「…話が終わったわけじゃなかったんだな…。」
「勝手に話を終わらせるなよ」
「勝手に始めたくせに…。」
「で?」
「病院の先生だよ」
「…お前、病気だったっけ?」
「いや、いたって健康体だが」
六花の血色のよいつやつやとした頬を見て夕霧は安心したように小さく息を吐いた。
「私が薬を卸してるのは個人だけじゃないぞ。
むしろ、病院に卸してる薬のほうが多いんだ」
「そこの医師なのか」
「そうだ」
「………」
「いきなり、何なんだよ」
「恋人が他の男と歩いているどころか仲つまじく食事をしていたと聞かされた俺の身にもなってみろ」
「もしかして焼き餅か?」
「…そんな実も蓋もない言い方はいかがなものでしょう」
「違うのか?」
下から大きな瞳で見上げるように覗き込まれ、途端に居心地の悪くなった夕霧は視線を左右に彷徨わせた。
「あ〜、なんだ…その…そうなんだけど…」
「安心しろ、単なる仕事上の付き合いだ」
そっか、と夕霧は今まで無用に入れていた肩の力を抜いた。
「で、でもな…いくら仕事での付き合いと言っても二人っきりってのはどうかと思うぞ」
「だって奢ってくれると言うから」
「お前は奢ってくれると言えば誰にでも付いてゆくのか?」
「一食分の食費が浮くじゃないか」
「…お前、そんなにせっぱ詰まった生活をしていたのか?」
「いや、こう見えても稼ぎは人並みだが」
「だったら何で?」
「外来種を育てたくてな、設備を整えるために貯金してるんだ」
「だからってな〜」
六花の女性としての危機感の無さは今に始まったことではないものの、夕霧は頭痛をお覚えこめかみを指で揉みながら言葉を続けた。
「たとえ食事だけと言っても誘って承諾を得れば、男は期待するもんなんだよ。
いきなり襲われたりしたらどうするつもりだよ」
「大丈夫だ、吹き矢は常に懐に入れてある」
「…そういう意味ではない」
「抵抗しなくてもいいのか?」
「いや、それは駄目だ」
「武器携帯は自己防衛の基本だからな」
「ああ…って、そうじゃなくって…」
自分の抱えている思いが焼き餅だと伝わったはずなのに、それでも意志の疎通が見えないことに夕霧は疲れを感じた。