◇感性
「仕事の帰りに、桔梗の花が群生しててさ。
あまりに綺麗だったから、あいつにも見せたくてその場所に連れてったんだよ。
そしたら、淡々と桔梗という植物についての講義が始まったんだ」
「ほぉ、知識が増えてよかったじゃないか」
「そういう取り方もあるけどな〜。
でも、俺としては美しいものを美しいと感じられるってのが生きてる証というか…ともかくそういう情緒的な共感を求めたかったわけで…」
「まぁ、何を美しいと感じるかなんてものは人それぞれだからな〜。」
「好きなものが多い方が幸せな感じがしないか?」
「そうとも限らないだろ〜。
何を見ても心動かされなくったって、たった1つだけのものに心動かされることがあればそれで充分に幸せなんじゃないか〜ね〜」
そう言って目を細めた輝夜の先には、友人と連れだって歩く華月の姿があった。
あ〜、惚気られちゃったよ…と、華月を追いかけていった輝夜に取り残された夕霧は1人淋しく呟いたのだった。
***
「綺麗だと思うもの?」
「そう、六花はいったい何なら綺麗と感じるわけ?」
いきなり押し掛けてきた恋人に詰問調に問いかけられて、六花は思わず薬草を干す作業の手を止めた。
「綺麗、ねぇ〜。
いったい突然、何なわけ?」
「この間の桔梗。
俺はすごく感動したけど、お前はそうじゃなかっただろ?
だから…」
「いや、感動したぞ。
桔梗は実に役にたつ植物だ。あれの根は鎮咳、去痰、排膿、消腫に効果があるんだ。あれだけあれば…」
「だ〜か〜ら〜、実用面ではなく感情面での話をしたいんだよ」
「そんなこと突然言われてもな…」
「んじゃ、好きなものはなんか無いのか?」
「夕霧」
間髪入れずに紡がれた短い答え。
その意味を悟ると同時に夕霧の顔が耳まで瞬時に赤らんだ。
「と、答えたら嬉しいか?」
「…そういう奴だよな、お前って」
がっくりと肩を落とす夕霧に、六花は面倒くさげに言葉を繋いだ。
「蜜柑に柿。
美味しいし、体に善い。」
「はいはい、たしかに果物は体に善いですよ〜」
「人がせっかく答えてやってるのにその態度は誉められたものではないぞ」
「それはどうもすみません。で、他には?」
「反省の色が見られないな」
「それはお前の心の目が曇っているせいだろう」
「さりげなく失敬なことをさらっと言うな」
「…で?」
「流れを無理に変えようとする強固な態度は感心しないぞ」
「わかったから、他にはないのかよ?」
「…夕焼け。」
「え?」
初めて出た実用的ではない答えに夕霧が驚いて六花を見た。
あからさまに視線を外した六花の目元がほんのり赤らんでいた。
「…だから…夕焼けは綺麗だと思う」
*****
「で、一緒に里外れの丘で一緒に夕焼けを見たってわけ」
華月の家へと向かう途中で無理矢理話しにつき合わされた輝夜は「あ〜、そ〜、よかったね〜」とどうでもよいように返答した。
「いや〜、あいつにも情緒的なところがあったのかと俺は感動したね」
「馬鹿か、お前は…」
呆れたように言われ、夕霧は少しムッとした表情を隠さない。
「んなこと言ったってさ、あいつ相手に甘い雰囲気になるのってものすごく困難なことなんだよ…」
「すっげぇ似合いの相手じゃない」
「どこがだよっ!
俺が普段どれだけ苦労しているか…」
「六花ちゃんの好きなものって何だっけ?」
「だから〜、蜜柑に柿に夕焼け」
ふふん、と鼻で笑って輝夜は言った。
「うん、そうだよね。
蜜柑に柿に夕焼け小焼け、み〜んなお前の色だよな」
「あ…」
自分の髪を一房つかみ取って目の前にやれば、それは確かに鮮やかな橙色で。
夕焼けを眺める六花の目が、華月を見かけては目を細める輝夜の眼差しと同じものだと気付いた夕霧が呆然とする。
「んじゃ、俺はもう行くからね〜」
片手をあげて歩き出す輝夜を見送る夕霧はその髪に負けないくらい真っ赤な頬をしていた。