◇有意義

やっとの思いで里に帰り着いた。
戦闘中に負傷した夕霧は、雷澱の肩を借りての帰還となった。

「ゆっくり休めよ」

労るような雷澱の声に見送られて、夕霧はよろよろと家へと歩き出した。

左肩に受けた傷が焼けるように熱い。
まるで水中を歩いているかのように思うように進まない。
体が重いのは傷のせいだけではない。

戦闘中に油断することがどれだけ危険なことか、この里に生まれ育った夕霧は分かりすぎる程にわかっていたはずなのに。
死は常に隣にある。
闇に墜ちるのが己だけならまだしも、思わぬ隙が仲間を危機に陥れることだってままあることなのだ。

「あ〜、俺って駄目じゃん…」

どっぷりと自己嫌悪に陥った夕霧は、足を自分の家とは反対の方向へ向けた。
このまま帰宅して眠ってもきっとうなされる。
こんな気分のまま、悪夢に苛まされるのはまっぴら御免だった。


「六花(ろっか)〜、居るかぁ?」

里の外れにある小さな一軒家。
木戸を開ける気力もなく、夕霧は戸に寄りかかって中に居るであろう人物へ声をかける。

古い木戸がガタゴトと開き、中から小柄な人物が顔を出した。
黒髪を襟足でばっさりと切り揃え、目尻が少しつり上がった大きな黒い目が猫科の動物を思わせる。
幼く見えるが、薬師を生業にして独りで生計を立てている夕霧の恋人である。

夕霧の姿を認めた六花は、鼻をくんと鳴らし左肩を見やると「入れ」とだけ残し、さっさと中へと戻った。
玄関で履き物を脱いだ夕霧が部屋へ入ると、六花は棚から出した薬草を選別しているところだった。

「そこに座って患部を出せ」

「あ、解毒はしてあるんだ」

「煩い、素人がごちゃごちゃ言うな。黙って言うとおりにしろ」

どうやら今の夕霧は恋人ではなく患者のようだ。

六花は傷口を消毒すると解毒薬を塗り、丁寧に包帯を巻いた。

「今晩は発熱するだろうが、明日の朝には平熱に戻るだろう」

「うん…だから、解熱剤かなんか欲しくて寄ったんだけどね…」

苦笑する夕霧を見て、六花は片方の眉を上げた。

「熱には慣れてるだろう?」

「ま〜ね〜。でも、今夜は嫌なんだよ。
 できれば、催眠効果もあるやつ、ない?」

「何があった?
 薬師が言うことではないかもしれんが、あまり薬に頼るのはよいこととはいえんぞ」

「ん〜、ちょっと仕事で油断しちゃって落ち込んでたりするから…」

俯いてボソボソと話す夕霧の頭をぽん、と優しく叩いて六花は再び薬棚に向かった。

「解熱と催眠…か…」

棚から小さなガラス瓶を手に取った六花は懐から吹き矢を取り出し、ビンの液体に矢を浸ける。
それを見た夕霧が尻でずりずりと後ずさった。

「ちょ…ちょっと、何、吹き矢なんか用意してるのよ?」

「別にいいだろ?用は薬が効けば問題ないだろうが」

「それって六花が薬草取りに行く時に、対獣用に使ってる武器でしょうが?」

「安心しろ、私はなんと動物の治療もできるんだ」

「おれは人間だ、そしてお前の恋人だ。
 普通、愛しい相手に対して吹き矢なんか使うか?」

「人間だろうが恋人であろうが、私の患者であることには変わりない。
 例え動物だったとしても、私が患者と認めたなら何ら問題はないだろう。
 だいたい素人のくせに私の治療に難癖をつけるなど100年早い。」

ぶっと息を吹き込まれた矢が夕霧の左上腕部にたん、と小気味よい音を立てて突き刺さった。

「あ〜〜〜っ!!」

「見ろっ!」

すぐさま寄ってきた六花が嬉しそうに夕霧の左腕を持ち上げた。

「場所といい、角度といい、深さといい、完璧だ」

「はぁ、そうですか…」

「これも私が日夜、練習に練習を重ねてきた成果だ」

「練習してたのか…」

「おお、朝に晩に、暇を見つけてそれは熱心にな」

「…もっと有意義な時間の使い方を知らないのか?」

「時間を惜しまずに腕を上げたから、森で獣に襲われてもこれで撃退することができる。他のことに心を煩わすことなく、薬草を探すことができるんだ。
お前もな、失敗したことで落ち込むくらいならもっと鍛錬して次の時に成功すればいいんだよ。」

「次って…次はないかもしれないじゃん…俺が生き残っても、俺の失敗のせいで誰かが死ぬかもしれない…」

「うん、そうだな。
だが、今、お前はこうして生きている。そして、生きているからこそ、次に失敗を犯さないよう努力することができる。
それ以上の何を望む?」

ギュッと拳を握りしめて、夕霧は小さく呟いた。

「うん…望むよりやらなきゃならないことがあるよな」

「隣の部屋に布団がしいてあるから、今日は泊まっていけ」

「…ありがとな」

薬が効いてきたのか、夕霧は緩慢な動作で立ち上がった。
隣の部屋に向かうその背を、六花の言葉が追いかけた。

「日夜努力して培った吹き矢の腕で、お前の落ち込みを慰めることもできたんだぞ。実に有意義な時間の使い方だろう?」

「はいはい…おっしゃる通りでございますよ」

そして、夜は静かに穏やかに更けていった。
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