迷いの結界が解かれれば、夜の森の静かな音が辺りに還ってきた。
闇に還った鬼の体は細か灰となり山を巡る風に浚われていく。
この場で出来うる限りの手当を施された夕霧が泰冥に背負われている。
輝夜がそっと華月に近づき白い面を取る。
「輝夜…どうしてここに?」
『狩り人』の中でも特に身体能力が高いと言われる輝夜でも、里は遠い。
式を受け取ってから里を出たとは思えなかった。
「華月の様子が変だったから長を問いつめた…で、後を追ってきてたんだよ」
里長から、の言葉に華月は驚愕する。
長とは何かあった時に忘却の術を施してくれると約束を交わしていたというのに。
「…な…何で?
長…ちゃんと約束してくれたのに…」
「華月が死んだら俺が忘れるよう術かけて貰う約束したんだって?」
震える声に輝夜の凛とした声が被さった。
「長は約束破っちゃいないよ」
輝夜の言葉に華月ははじけるように顔を上げた。
視線の先に、輝夜の真剣な顔がある。
「話を聞いて後を追う俺に長は言霊の呪で俺を縛った。
もし華月が死ぬようなことがあれば、俺は大人しく忘却の術を受けろと。
それが守れぬなら、俺には後を追わせないってね」
小さく息を飲む華月に唇を上げて輝夜は端正な顔に苦笑を刻む。
「受けたよ、その約束を。
お前を忘れるなんて耐えられない。
でも、俺が知らないところで華月が死ぬだなんて許せないから」
いきなり手首を掴まれて荒々しい動作できつく抱きしめられる。
骨がきしむような抱擁を受け、輝夜がどんな気持ちで長の話を聞いたのか華月は痛い程思い知る。
掠れるような低い声で彼は続ける。
「俺が側にいるのに華月が死ぬなんてことはあり得ない。
だから、別に言霊の誓約を受けるのは全然平気だったけどね」
言外に自分が一緒にいるのに華月が死ぬというならば…すでに自分は力つきているはずだと、そう言って。