輝夜が無事に仕事から帰ってきて、しばらくは平穏な生活が続いた。
凍てつくような冷たさが除々にぬかるんできて、里を包む緑の色が濃くなる。
梅の花も咲き終わり、桃の花が咲き乱れ、そして桜の蕾が日々を追うごとに大きく膨らむのを華月は複雑な思いで見守っていた。
気持ちは決まった。
それでも無意識のうちに出てしまうため息は、初春の今は白い形として残らない。
透明な空気に溶けだして、ふわふわと辺りに漂うだけだった。


仕事を請け負っていない日々は穏やかなものだ。
時は緩やかに過ぎてゆく。

輝夜は狩り人らしく、朝晩の鍛錬の他にも週に何回か対術の師の元について教えを受けている。
華月はと言えば、必要最低限の体力を保持するための鍛錬の他は、術を極めるための研究に時間を割く。
時には仲間と麓の町に降りて酒盛りすることもあるが、それ以外のほとんどの時間は二人で過ごすのが常だった。

輝夜の家は、離れとは言ってもそれなりの広さを持っている。
のんびりとした午後、二人は居間で思い思いにくつろいでいた。
輝夜は刀の手入れをしていて、研ぐ音がシュッシュッと規則正しく響いている。それを意識の外で聞きながら、華月は術の系統について記された書物を読んでいた。
付き合いの長い二人には、無理に言葉を紡ぐ必要はない。
お互いの存在を側に感じていれば、それだけで満足できる空間になる。

「今日の晩飯、何にする?」

武具の手入れを終えた輝夜が研ぎ道具を片づけながら問うてきた。
もうそんな時間なのか、と華月は書物から眼を上げた。

「晩ご飯の当番は私だっけ?」

「いや、俺〜」

お互いに仕事をこなす二人は、同じ場所で過ごす時間の家事は分担制と決めてある。
昼は華月の担当で旬の天ぷらを乗せたうどんを食べた。
時間が遅かったせいか、それほど空腹を感じない。

「あんまりお腹空いてないから、あっさりしたモノがいいな〜」

「でも、華月、明日から仕事入ってるだろ。
 精のつく物のがいいんじゃない?」

里長の命を受けて、華月は午前中に仕事内容の確認に行っていた。
心配そうな長の視線に弱い心が溢れそうになるのを押しとどめるのが辛かった。
交わした約束を必ず守る、そう言ってくれたから崩れ落ちなくてすんだのだ。
その後、いつもの丘で里を見下ろしていたら輝夜が迎えに来てくれた。

「精のつくものって…体が受け付けませ〜ん、さっぱりしたのがいい〜」

ジタバタと駄々を捏ねる華月を見て、輝夜の目尻が下がる。
子供のような素振りをする華月が可愛くて仕方がない風情だ。
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